【最終回】ブックレビュー アラン『幸福論』 連載33回目

皆様ご機嫌麗しゅう・・・

12月はじまりましたね。。。さみーよ。。。

12月は例年並みに冷えるとか、そういう情報はいらん。。。いらん・・・

では、『幸福論』最終回です。

一応有言実行(期限は破りまくってしまいましたが)やで!

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ではスタートです


今回は

91.幸福となる方法 92.幸福になる義務 93.誓うべし

91.幸福となる方法

第一の規則は、現在のものにせよ過去のものにせよ、自分の不幸についてけっして他人に話さないということだ。(91:幸福となる方法)

雨降りの時こそ、晴れ晴れとした顔がみたいものだ。それゆえ、悪い天気の時には、いい顔をするものだ。(91:幸福となる方法)

・・・確かにね。

いつも不幸話している人にはあんまり近づきたくないのは、分かるんですけどね。

わかりますが、

他人がどこまでの範囲なのか、にもよりますが聞いてほしい時だってあるかと思うんですよね。

だから”決して”は、ちょっと厳しいな。

92.幸福になる義務

幸福を商品みたいに狙ったり、値踏みしたりするまなざしは、あらゆるものの上に倦怠の色を投げる。(92.幸福になる義務)

幸福になるということは、いつでもむずかしいのだ。それは、多くのできごとと多くの人々に対するたたかいである。(92.幸福になる義務)

幸福となろうと欲しないならば、幸福になることとは不可能だということである(92.幸福になる義務)

幸福というものは、とは言っても自分のために獲得する幸福のことだが、それはもっとも美しく、最も気まえのいい捧げ物であることを、絶えず考えるべきであろう。(92.幸福になる義務)

言いたいことはたくさんあるので、とりあえず先に進みます

93.誓うべし

悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する(93.誓うべし)

あらゆる幸福は意志と抑制とによるものである(93.誓うべし)

わたしたちはなにもしないでいると、たちまち、ひとりでに不幸をつくるることになる(93.誓うべし)

だからこそ

はじめはどんなに奇妙に見えようとも、幸福になることを誓わねばならぬ(93.誓うべし)

幸福だなぁ・・・は気分ではなく、意志と抑制によってなしえる

だから誓わねばならない。

幸福になる!と、つよく。


2021年6月に始まったこの『幸福論』レビュー

これにて全93のプロポのまとめ完走です・・・

・・・長かった(二週連続二度目)

たった3年半の間でも、いろんなことがありすぎたな。

ありすぎたな・・・

さて、

ワタクシがこの幸福論のまとめを始めたのは、

幸福になるための土台は”住まい”である

と考えるからです。

だから、とくにワタクシが関わったお客様(心の出禁のお歴々は除く)、家族・知人・友人には幸福になってほしい。

そして、それほど多くないブログの読者の皆様にも、届けばいいなと思っています。

生い立ち

体験

境遇

そういったものが

”お前は幸福になどなれない”

と呪いをかけてくるでしょう。

かくいうワタクシもそうでした。

でも、アランが言う通り、幸福は意志と抑制、そしてそれら支えられた誓いなんです。

だから、騙されたと思って誓ってほしいんです。

幸せなるんだ、と。

最後の方はけっこう駆け足だったので、不十分かもしれません。

そんな方は是非、文庫を手に取ってみてください。

難しい・・・という方は、

キキララの幸福論でもいいと思います(ワタクシ未読ですが)

こいつです

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キキ&ララの『幸福論』 幸せになるための93ステップ (朝日文庫)

生きるのはしんどいです。でも、しんどいからと言って、しんどさをしょい込む必要なんてない。

頼れるときは頼って、でも、幸せになる、という意志だけは捨てないでいたいな。

という訳で、終わりです!!

ではまた明日。。。Cyaoノシ

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