ブックレビュー アラン『幸福論』 連載17回目

皆様ご機嫌麗しゅう・・・

アラン幸福論のブック・レビューです。

・・・

8ヵ月も空いてしもうた。。。

ぶっちゃけ今年の2月以降、とてもじゃないが厳しかったわ。。。これやるの。

それなりにエネルギー使うんですわ

でも、年始に誓った、今年でのまとめ完結、何とか間に合わせねばならんですね。

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では17回目スタートです


今回は

42.行動する 43.行動の人 44.デュオゲネス

でございます。

行動する

幸福とは本質的に詩(ポエジー)である。・・・なんかかっこいい。

なぜかというとポエジーの語源はギリシャ語のポイエーオン(意味は『なす、作る』)だから。

人は自ら求めた行動・苦しみの中に、幸福を見出す。

※自ら求めた、というのがポイントです。第三者から与えられる苦しみ(例:新コロ)ではだめなんです。

例えばコレクターと言われる人たちは、貴重なものを集めるのに労力を惜しみません。振ってわいてくるのを待ってるコレクターって、見たことないですもの。

でこの本の中に再三出てる、戦争

戦争は”戦争することそのもの”が楽しみなんだそうです。自ら求めて行動ができるから。

じゃあ平和はどうやって保たれるのか、平和を支えるのは正義を愛することのみであるといっています。

慎重さだけでは足らん、と。

アランの言う”戦争の楽しみ”はいかにその場での陶酔・興奮によってごまかされたものかは、戦後PTSDを発症する元兵士が相当数いることを見れば、説明はいらないですよね。

行動の人

予見できない新しい材料に基づいて速やかに行動を描き、直ちにそれを実行することが、人生を申し分なく満たす・・・これもなんかかっこいい

スポーツだって、ゲームだってどっちが勝つかわからないから勝負するわけです。

で、行動は意識を消し去ってしまいます。

例えば 泥棒は泥棒しているとき、罰せられることや捕まることは考えたりしませんしね。

で先ほどふれた戦争がまさにその代表ですね

行動し続ける人は、意識を持たない・・・これはある意味最も幸福なのかもしれません。

この章、アランはこんな言葉で締めくくっています。

無為はあらゆる悪徳の母であり、またあらゆる美徳の母でもある

無為とはなーんもしないこと、ニュートラルの状態です。なんか行動しないと、何も生まれない。うまれるものはいいものか悪いものかは別として、ね。

ディオゲネス

ディオゲネスとは、古代ギリシャの哲学者で、樽(甕)の中で生活していたと言われています。

アレクサンドロス大王に何か欲しいものはないか、と聞かれたときに、

「日影になるからそこをどいてくれ」

と答えた逸話が有名です。

で、ディオゲネスも、苦しみこそいいものだと好んで言っていたそうです。

例えば登山

山を登るという苦しみが、山頂の景色をより良いものにしてくれるわけです。

山頂までロープウェイでいった人は、同じ景色を見ることは出来ないわけです。

これをアランは

もらった楽しみは約束しただけのものを決して支払うことはないが、行動することの楽しみは、必ず約束以上のものを与えてくれる。

なんて表現しています。

ただ、苦しみがいいものとは言っても

あくまで、『自分で求めた』苦しみです。

この話でふと頭をよぎったのが、

昨年まで放送していたグレートラバース3、

田中陽希さんが日本の300名山(全301座)を人力移動だけで移動し、踏破する

というもはや苦行の様な挑戦でしたが、ロープウェイはともかく、普通に山を登るのと全く違う風景が見えたことでしょうね・・・

番組ページより引用。画像からページにリンク張ってあります

この苦しみを自ら積極的に取りに行く、というのの対極にあるのが、

相続した財産や、大企業の苦労知らずの二代目ですね。

出来合いの楽しみを受け取る人は最も意地悪になるとはアランの言葉。

・・・

ボンボン・・・出来合いの楽しみ・・・最も意地悪・・・ビッグモーター・・・うっ頭が・・・

・・・

という訳で今日はここまで、もうすぐ半分。今年もあと二か月半・・・Cyaoノシ(涙)

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